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2018年11月02日

物事には必ず原因があって、結果になる

物事には必ず原因があって、結果になる。
結果は波紋みたいに広がって、いろんな人や物に影響をおよぼす。
大事故などで、それを知って生き方を改める人が大勢いるかもしれないし、
生きていくことこそが足かせのような人生の人ならば、すっぱりと突発的な
事故などで逝くことが、ご褒美というか、すごろくなんかでうアガリなのかも。
自然災害や幼くして亡くなることが理不尽だから、不条理だから、因果はなかろう。
というのは少々、視野が狭いとおもわんかね。
そうした死を通じて、周りの人の原因になるのかもしれない。
自然の摂理から言えば、何もかも不条理で、平等なんてものはない。
長生きし、平穏に過ごすことが万人にとっての幸福のベンチマークともいえない。
それぞれに生まれてきた意味があるのだとしたら、それぞれの生き方があるはず。
例えばそれが、俗世の価値観で言うところの悪の道だとしても、
その悪役を横目に見つつ、襟を正す人もいるかもしれない。

自然の話に戻すが、水が万物にカタチを換えて流転・循環するのだから、
人が成した結果も、カタチを代えて巡り巡ってくることは、いたって
この地球ではあたりまえのように俺は思うぞ。
外から見ても、人が心の中で何を思って、普段、誰の目もないところで
どうやって生活しているかなんてわからないでしょう。
雨が土壌に浸透して、再び地上にその姿を現すように・・・。
生きたいようにしか、生きられないのよ、普通の人は。
清浄に清く正しく生きること。ただそれだけ。
水は高きから低きに流れるように、万物が逆らえぬ自然の掟がある。


posted by kuronekochan at 10:00 | Comment(0) | 因果応報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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